なんとかなるよ

その言葉はどこから来るのだろう…。

昔、まだ若かりし頃、こんな会話をした事がありました。

『なんとかなるよ。今までもなんとかなってきたんだし。』

どんなに大変な状況でも、いつだって、呑気にそういうH。

『それって、なんとかしてくれてる人がいるんだよ。』

必死に歯を食いしばり自己犠牲を強いられて来たこちらの事を、

全く意識もしていない無責任なHの言葉に、悔し涙が溢れ、

強い言葉でそう言った私。

『………。』黙るH。

(笑)(笑)(笑)

あの時の会話は、今想うと滑稽だ(笑)。

…そして今。

「どんな時だってなんとかしてくれてる人がいる」という事を身をもって体感する。

根拠のない「なんとかなるよ」が、どれだけ愛に満ちた言葉なのかと…。

しみじみ感じる。

その言葉を躊躇無くサラリと言える人は、充分な愛情を受け取りながら

育って来たからなのだろう。(勝手な見解ですので聞き流してくださいね〜)

・何かをしないと何も受け取れない。

・自己犠牲を払わなければ愛を受け取ることができない。

あの頃の私は、与えられた狭い世界の中で、かたくなにそう思いこんでいたのでしょうね(笑)

『…そうそう。あなたはいつだって、自己犠牲を善と信じ、どんな時も

全身に力を入れて歯を食いしばり、全力で踏ん張っていたものねっ (苦笑)

なんて頑張り屋さん! よしよし良くやった!!』て、

あの時の自分に声をかけてあげようッ☆

今になって、想えば…。

生死の狭間でなんとか生きのびて来た私が、今こうして元気に生きている事自体が、

ナニカに護られている。という事の証。

そして、イマ、ココにいられるコト。

全ては自分以外のナニカが、ダレカが、してくれているという事。

小さなことでも新しい事を始めようとする時、いつもこの事を想い出す。

でも、もうこの先は、過度な自己犠牲で頑張りすぎたりはしないようにしよう(笑)

ジタバタしながらでも、できるだけ脱力。

身を委ね、ナニカ、ダレカの存在に心から感謝する方が、ずっと楽だもの。

そんな風に想う今日この頃(笑)

こんな時に呑気な独り言、お読み下さってありがとうございます😊

3/11夜は美しく輝く十六夜のお月さまの元静かに写経をさせて頂きました。

どうか生きとし生けるもの全てが幸せであります様に。

今日もこうして護られている事に感謝。

結 ユイ

皆さまこんな時こそ。どうぞ、穏やかに笑顔でお過ごし下さい〜♡

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3/23(月) までの間、

営業時間11時〜19時 とさせていただいております。

ご不便をおかけしますがどうぞご理解くださいます様

よろしくお願い致します。

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