大切な存在

ずっと、ずっと、幼少の頃から、ずぅ〜と。

あんポンちんな私に、「この世にゎ 沢山の愛が無限に存在する。」てことを、

身を以て、人生をかけて、伝え続けてくれた存在。

熊本の祖父母 の存在が、確実に私の人生を支えてくれている。

今となっては直接聞くこともできないが、今この瞬間も間違いなく、

導いてくれている。

立春。 祖母の命日ということもあってか、ここ数日祖父母の存在がすぐそこに在る。

そう感じるのだから… きっと、そう なのだろう。

自己肯定が半端なく、カッコよく潔い、そんな生き方をしていた祖母。

「おばあちゃん」感なんてまるでなく、真っ白のパンツに鮮やかな色のシャツを着て、

真っ赤なコートをフワリと羽織り大きなツバの大きな帽子とサングラスを

愛用している様な、カッコイイ「お洒落女子」だった。

マニキュアやお化粧品も華やかに使いこなしていたのを、覚えている。

いつもスケッチブックを持ち歩き、どこでも、スケッチをしていた。

「スケッチ旅行」と言っては何週間も旅に出かけたり、とにかく活動家だった。

亡くなる前日も、病室の窓からの風景を何枚ものスケッチをしていた。

元気いっぱいの退院予定当日。 そっと一人でフワリと旅立った。

「大切な存在」との対話は、これからが、いよいよ本番 なのかもしれない。

そう感じる 立春2019。

一見、過去から未来に向かって一方通行で時が流れている様に想えるが、

砂時計をひっくり返すかの様に、どちらも有りで。

案外未来が今に、今が過去に、繋がっている。そんな風に感じて仕方ない。

そう、祖父母がすぐそこで両手を広げて待っている様な…。

あれ?!意味がわからなくなってきた?!(笑)

いや〜ぁ。 言葉て、むづかしい…。

も少し国語の勉強しておけばよかった かな (^^;;

「この感覚」をどう表現したらいいのか、イイ言葉が今の私には見つからない。

ただ、この事に意識を向けると、途端に祖父母の存在がすぐ隣に在り、

息遣いまで聴こえてくる。

涙が溢れ、心の奥底まで満たされゆく。

そんな、不思議な立春です。

いよいよ離陸。という事でしょうか。……時が来た様です。

読み返すとなんと意味の分からない文章…、最後までお読みいただき

ありがとうございます。

本日は定休日。三重県へ、そしてJRテナント意見交換会に参加させていただきます。

ご縁に感謝し過ごします。

てる